吉田茂はフリーメイソンのメンバーだった?うわさを呼んだ人間関係とある行動

フリーメイソのシンボル(コンパスと定規)

長きにわたって日本のトップを務めていた吉田茂には、「フリーメイソン(正式名:フリーメイソンリー)のメンバーであった」といううわさがあります。
フリーメイソンは世界的な規模を誇る秘密結社であり、その謎の多さから「政治への大きな影響力をもっている」「世界を操っている」といった都市伝説もささやかれてきました。

吉田茂本人が「フリーメイソンに所属している」と公言した事実がないことは確かです。
しかし吉田とフリーメイソンを結びつける根拠とされている」話がまったくないわけでもありません。

マッカーサーに勧誘された?

第二次世界大戦後、日本はGHQの支配下に置かれていました。
GHQの最高司令官であるマッカーサーは、フリーメイソンに所属しています。
吉田茂は、このマッカーサーと親しかったのです。

敗戦国と戦勝国という関係性ではありましたが、吉田はマッカーサーの前で、たびたびジョークを飛ばしたといいます。
ユーモアのある吉田を気に入ったマッカーサーは、ほかの政治家たちより彼との面会を多く受け入れたそうです。

当時マッカーサーは、多くの政治家や財界人をフリーメイソンに勧誘していました。
親しかった吉田にも入会を勧めた可能性はゼロではないと考えられます。

また、フリーメイソンの関連施設内で吉田とマッカーサーを見かけたという証言もあるようです。
フリーメイソンは世界各地に、活動拠点となる施設・ロッジを建設しています。
マッカーサーの主治医を務めていた医師が、このロッジのなかで二人の姿をよく目にしていたそうなのです。

h2>父親がフリーメイソン関係者だった?

吉田茂の父親は、吉田健三(よしだけんぞう)という人物。
江戸時代の後期に武士の家系に生まれ、明治になると実業家として活躍しました。

息子の茂と同じく豪胆な性格の持ち主であり、1866年に密航でイギリスへ渡ります。
イギリスで欧米について学んだのち密航から2年後に帰国すると、貿易会社である「ジャーディン・マセソン商会」の横浜支店長へと就任しました。

このジャーディン・マセソン商会が、フリーメイソンのフロント企業だといわれているのです。
フロント企業というのは、対象企業へ資金提供などを行い、それらの経営や存続に協力する組織のこと。

ジャーディン・マセソン商会がフリーメイソンのフロント企業であるなら、支店長まで勤めている吉田健三も、フリーメイソンと深く関わっていたと考えられます。
そして吉田健三の息子である吉田茂も、父親の影響を受け、フリーメイソンに入会していたとしても不思議なことではありません。

フリーメイソンのメンバーだから洗礼を避けた?

吉田茂は、キリスト教カトリックを信仰していました。
しかし彼は入信のための洗礼を受けておらず、亡くなってから死後洗礼が行われたそうです。

キリスト教徒である吉田が生前に洗礼を受けなかったのは「フリーメイソンのメンバーだったから」ともいわれています。

実はカトリック教会とフリーメイソンは、折り合いが悪く、良い関係ではありません。
とくにカトリックからフリーメイソンへの批判は、1800年代から長く続いています。
もしフリーメイソンであると判明した場合は、カトリックから破門される確率が高いのです。

カトリックを信仰しながらフリーメイソンにも所属していた吉田が堂々と洗礼を受けられなかったのも納得できますね。

吉田茂の周囲にはフリーメイソンの関係者が多少なりとも存在していました。
そして吉田自身もキリスト教カトリックを信仰していながら洗礼を受けなかったことから、フリーメイソンとの関係がうわさになっていたようです。

これらのエピソードは史実にとぼしく都市伝説の範囲を出ないものではあります。
しかし一国の総理大臣が世界的秘密結社のメンバーだったかもしれないと考えるとなかなかインパクトがあるため、いまもなお語り続けられているのでしょう。

この記事を書いた人

歴史スター名鑑 編集部

歴史スター名鑑 編集部

おもにフリーライターさんたちから寄せられた記事を編集しています。 歴史上の有名人をわかりやすく解説できるよう、毎日がんばっています!