大の甘党?!吉田松陰の好きな食べ物は大福など甘いものばかり

費用録

逸話の多い吉田松陰ですが、食事についてのエピソードはほとんどありません。
本人はもちろん周りの人が松陰の好きな食べ物について書き残した記録があまりないんです。
ただ一説によれば、松陰は甘いものが大好きだったといわれています。

甘い食べ物、特に大福が好きだった

その根拠となるのが、松陰が江戸遊学中につけていた「費用録」という書物。
現代でいう家計簿のようなもので、松蔭は遊学中にかかった費用を記録していました。
とくに食費については細かく書いてあり、みそや梅などを購入した記録が残っています。
松陰は勉強用の書物を買うために食費を切り詰めていて、かなり質素な食生活をしていたんです。
普段の食事は米とみそ汁と梅干だけで、おかずを食べることはめったにありませんでした。

そんな食生活のなかで、松陰がたまに食べていたのが大福です。
費用録のなかに「大福」という文字が何度も登場しています。
多いときは1か月で6回も大福を食べていたことも。
当時の大福も現代と同じ作りで、おもちの中にあんが入ったものでした。
わりと安く売られていて(いまの金額でいえば60~70円くらいの値段)、町人のあいだでポピュラーなお菓子だったそうです。
でも安かったとはいえ1か月で6回も購入するなんて、松蔭はかなり大福が好きだったといえます。
たださすがに買いすぎたと思ったのか、費用録の表紙には「(大福を我慢できない)自分自身にがっかりする」と書いていました。
こんなに買っていたら、普段の食事を倹約している意味がなくなってしまいますよね(笑)。

また葛(くず)と砂糖を一緒に買っていた記録も残っており、自分で葛もちを作っていたのではといわれています。
もしかして書物よりも甘い食べ物が優先だったのでしょうか…?
勉強をしすぎると糖分が欲しくなりますからね。

そのほかに好きな食べ物はあったのか

松陰が甘党というのは確かでしょうが、ほかに好きな食べ物があるかどうかはわかっていません。
彼の妹の千代が雑誌『日本及日本人』のなかで書いたコラムによれば、「これが好物というものは思いつかない」とのこと。
仲の良い妹でも、松陰の好きな食べ物については知らなかったみたいです。

その雑誌のなかで1つ気になるのが、「甘いものや餅などを口にしたのを見たことがない」と書かかれている点です。
しかし松陰が大福を好んで食べていたのは記録に残っていますよね。
おそらく単純に千代の前で食べていないだけと考えられます。
松陰は江戸の遊学から帰って以降は脱藩や黒船密航の罪などで何度も野山獄に入れられているので、大福を食べる余裕なんてなかったんでしょう。

となると千代が見ていないだけで、松陰の好きな食べ物は大福のほかにもいろいろありそうです。
たとえば柿。
松陰の出身でもある荻は、昔から柿の名産地として知られています。
きっと松陰も幼いときから口にしていたはtず。
現在も松陰の実家の跡地には柿の木が植えられていて、その木からできる柿は「松陰柿」として荻の名物となっています。
野山獄にいたときに松陰の母親が柿を差し入れたという話もありますし、もしかしたら柿も好物だったのかもしれません。

松陰は大福をはじめ、甘い食べ物を好んでいました。
そのほかの好物はよくわかっていませんが、候補の1つ、柿も甘い果物ですね。
甘いものに目がないとは、まさにこのこと。
松蔭は大の甘党だったと推測できます。

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歴史スター名鑑 編集部

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